母と同じだった。

風邪をひき、39.5度まで熱が出て、その後いったん微熱まで落ち着いたので、

「これで一山越えたんだろう。」

と、ちょっと安心して少し動いたら、

翌日には、また39.5度まで発熱し、

結局、肺炎にまでなってしまったっという、アホな経験をしてしまいました。



そこでも、私は、また旦那さまに甘えることが苦手なまま、

自分を大事にすることの難しさに途方に暮れてしまいました。



私にとっては、無意識にお手本としている亡くなった母の存在が大きいみたい。

母は、熱があろうと、家事を普通にこなしていました。

「誰もしてくれないから。。。。」

と言っていた気がします。

私も、何かを頼まれた経験が思い浮かびません。

「熱がある。。。」

「体調が悪い。。。」

は聞いていたけど、

「だから、何かをして。」

と頼まれたことが無い。。。。

あれ????

あー、私も、母と同じことをしているようです。

「熱があるって言っているのに、何でご飯を作らんでも良いよ!とか言ってくれんとかな?」

とか、

「熱があるって言っているんだけん、仕事休んで良いよ!って普通言うだろう。」

とか、

その状況を伝えたら、相手が理解して、何かアプローチしてくれるものだと思っているー!!!

そして、

「それが愛情やら思いやりでしょう!!!」

って思ってますねぇ。

あらあら、母と同じだわ。



ということは、

やはり、私が、自分で、

「熱があるから仕事を休みたい。」

とか、

「今日はきついからご飯は買っても良い?」

とか、

どうしたいかまで、ちゃんと自分でお願いしたら、それで良いってことなんだろうな。



ぁーー、それが出来ずに、母も私も被害者意識に偏っていたんだねぇ。



今までの生き方ややり方で、欲しい幸せが得られてこなかったんだから、

今までの生き方ややり方は間違っていたって、

もう、諦めて、

今まで出来なかった、苦手で不安だけど新しい生き方やり方に、

変えるしかないのだよね。






なりたかった私になる。

ふと思った『私の夢』は、 「愛する男性に可愛がられて愛されている女性」。 本当になりたい私に、今ならないなら、いつなれるのでしょう。。。もう絶対になるのです。

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